各宗派別の本尊・脇仏・作法説明

ご本尊様を飾る意味

まず初めにお仏壇の元々の意味は広い意味で「寺院の自宅版」です。寺院の本堂には必ずご本尊様があるように、お仏壇にもご本尊様があることにより「故人が仏の世界でもお守りされる」、また「生きている私達も守ってもらえる」と言われています。なのでお仏壇本来の意味合いから考えると、ご本尊様はお仏壇の中では、一番重要なものとされています。

宗派によって本尊や脇仏が違うのはなぜ??

仏教はもともとインドで始まり、もとは宗派などありませんでしたが、インドから中国や日本に伝わり「高僧」により仏教に対する考え方などに違いが生じた為、色々な宗派が生まれて、それぞれお祀りするご本尊に違いがあります。

脇仏(脇掛や脇侍ともいう)は基本的にその「宗派を作った開祖」や、宗派を救ったり広めたりした「中興の祖」や「その宗派の教え」などを「掛け軸」で飾ったりします。

様々な種類のご本尊があります

仏像タイプの御本尊
吊り下げ型の掛け軸
スタンド式木製掛け軸
クリスタル 掛け軸

ご本尊・脇仏にも上記のように様々な種類のものがあります。
基本的には「仏像」でも「掛け軸」でも宗派さえ合っていれば、どれを選んでも良いでしょう。ですが「掛け軸」で本尊を飾ることが多い宗派なども一部ありますので下記の説明でご紹介しています。

また、お寺の住職によっては「仏像」でなければいけないや「掛け軸」でなければいけないなどの厳格なお寺さんも中にはいらっしゃるので、もしご不安な場合はご住職に確かめてから購入すると良いでしょう。

各宗派別の本尊・脇仏・宗派作法

宗派別の本尊・脇仏をご紹介します。ご注文の際に参考にして下さい。3枚が1宗派です。真中がご本尊で両端が脇仏(脇掛や脇侍ともいう)になります。宗派名をクリックで各宗派に移動します。


浄土宗jyodoshu

浄土宗は法然上人を宗祖とする宗派で、鎌倉仏教の1つです。当時の仏教は公家や武士だけのものでしたが、法然上人はその根本を変え、一般民衆も救われるようにとすべての人が「南無阿弥陀仏」を唱えることを一般民衆にも根付かせた現在の仏教にとっても重要な宗派です。公家や武士だけでなく、経典を学び、寺院へ寄進や参詣する余裕のなかった多くの一般民衆にも希望を与え、日本全土に浸透しました。

浄土宗の本尊・脇仏

浄土宗 脇仏 円光大師(法然上人) 浄土宗 本尊 舟弥陀 浄土宗 脇仏 善導大師
円光大師
(法然上人)
舟弥陀
(正式名称は舟立阿弥陀如来)
善導大師
平安時代末期から鎌倉時代初期の浄土宗の開祖です。1133年、美作国(岡山県)に生まれました。9歳の時に父を殺された法然は、その遺言によって出家し、比叡山に登り、43歳で「浄土宗」を開きました。その後、80歳で生涯を閉じられました。 舟型の光背の前に立った姿の阿弥陀如来像です。阿弥陀如来は直ちに人を救おうとする姿勢のため少し前に傾いています。 善導大師は、法然上人や親鸞聖人などに大きな影響を与えた中国浄土教の僧侶です。善導大師の絵像には口から雲にのった阿弥陀仏を吐き出しているようなお姿ですが、法然上人が毎日念仏を称えていたところ、腰から下が金色に輝いた善導大師が現れて説法をしたという言い伝えを表現しています。

浄土宗の概要

総本山
知恩院(華頂山知恩教院大谷寺)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
1本~3本を折らずに香炉の真ん中にお供えします
宗祖と教え
法然(円光大師)が開祖。叔父の観覚のもとで仏教を学んだ後、「南無阿弥陀仏を唱えれば極楽往生できる」という教えに触れ、浄土宗を開宗します。 阿弥陀如来の救いを信じ、南無阿弥陀仏を唱えていると、人生を心豊かに生きぬき、死後浄土に生まれて仏さまになることができると教えています。
浄土宗の念珠の作法
珠数を両親指にかけ、房は手前(ご自身側)に垂らします。両方の輪の親玉を親指で押さえるようにします。浄土宗の場合は両手を擦り合わせたり、数珠を鳴らしたりはしません。(詳しくは 浄土宗の念珠説明ページへ)
浄土宗の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

浄土真宗本願寺派(西本願寺)jyodosinshu-nishi

浄土真宗本願寺派は「お西さん」の愛称でも親しまれています。浄土真宗は、鎌倉時代に親鸞聖人が開いた宗派で、室町時代の蓮如上人によって全国の民衆へ広まりました。元々、浄土真宗は一つでしたが、本願寺11代目にあたる顕如が、長男の教如ではなく、三男の准如を後継者に選んで12代目にしたため内部分裂を起こしました。徳川家康は、このお家騒動を本願寺の力を削ぐために利用し、本願寺を東西に分け、現在の西本願寺と東本願寺が生まれました。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の本尊・脇仏

浄土真宗本願寺派 脇仏 蓮如上人 浄土真宗本願寺派 本尊 西弥陀 浄土真宗本願寺派 脇仏 親鸞上人
蓮如上人 西弥陀 親鸞上人
蓮如は、室町時代の浄土真宗・中興の祖とされています。蓮如上人ほど親鸞聖人の教えを正確に伝えられた方はないと言われ、また蓮如上人一代で全国津々浦々、浄土真宗が広がりました。 浄土真宗本願寺派の阿弥陀如来です。光背の後光の本数が浄土真宗大谷派と異なります。掛け軸の場合は後光の上部が8本です。阿弥陀如来は直ちに人を救おうとする姿勢のため少し前に傾いています。 鎌倉時代前半~中期の浄土真宗の開祖です。浄土宗の法然を師と仰いでいました。実は自らが開宗する意志は無かったと考えられています。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)の概要

総本山
西本願寺(京都市下京区)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
線香は1本を2つに折って、香炉に寝かせます。
宗祖と教え
親鸞聖人(1173~1262)が宗祖。
親鸞聖人の墓所である大谷本廟を発祥とする本願寺(西本願寺)を本山とする宗派です。自分の意志によって極楽浄土へ往生しようとする自力念仏ではなく阿弥陀如来を信じることによって自然に発する報恩感謝の他力念仏であると教えています。
仏壇の飾り方
浄土真宗は基本的にはお仏壇にお位牌や遺影を祀りません。
お位牌ではなく過去帳を祀るのが一般的です。ですがお客様の中には『お位牌はあった方がいい』という事で位牌を作られる方もいらっしゃるので家族で話し合い、その考え方を優先する形で良いでしょう。
また基本的に水はあげません。ご飯は山盛りに御供えします。
本尊の飾る際の注意点
浄土真宗のご本尊は仏像ではなく「掛け軸(絵像)」でお飾りする場合が多いようです。お寺さんによりお飾りが異なるケースが多い宗派でもありますのでお寺さんに問い合わせてみると良いでしょう。

掛け軸(絵像)」は浄土真宗大谷派(東本願寺)ととても似ているのですが後光の本数が異なります。下記のように見分けます。

  • 浄土真宗本願寺派(西本願寺)→後光の上部8本
  • 浄土真宗大谷派(東本願寺)→後光の上部は6本
浄土真宗の念珠の作法
二輪にして両手にかけ、房を下に垂らします。(詳しくは 浄土真宗の念珠説明ページへ)
浄土真宗(女性用)の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

浄土真宗大谷派(東本願寺)jyodosinshu-higashi

浄土真宗大谷派は「お東さん」の愛称でも親しまれています。浄土真宗は、鎌倉時代に親鸞聖人が開いた宗派で、室町時代の蓮如上人によって全国の民衆へ広まりました。元々、浄土真宗は一つでしたが、本願寺11代目にあたる顕如が、長男の教如ではなく、三男の准如を後継者に選んで12代目にしたため内部分裂を起こしました。徳川家康は、このお家騒動を本願寺の力を削ぐために利用し、本願寺を東西に分け、現在の西本願寺と東本願寺が生まれました。

浄土真宗大谷派(東本願寺)の本尊・脇仏

浄土真宗大谷派 脇仏 九字名号 浄土真宗大谷派 本尊 東弥陀 浄土真宗大谷派 脇仏 十字名号
九字名号 東弥陀 十字名号
九字名号は「南無不可思議光如来」と書かれています。意味は「私たち人間では到底思い量る(思議)ことのできない大いなる仏様に帰依します」という意味です。 浄土真宗大谷派の阿弥陀如来です。光背の後光の本数が浄土真宗西と異なります。掛け軸の場合は後光の上部が6本です。阿弥陀如来は直ちに人を救おうとする姿勢のため少し前に傾いています。 十字名号は「帰命尽十方無碍光如来」と書かれています。意味は「滞る事なく十方を照らして、どんな隅々の者までもお救いくださる仏様に帰依します」という意味です。

浄土真宗大谷派の概要

総本山
東本願寺(京都市下京区)(真宗本廟)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
線香は1本を2つに折って、香炉に寝かせます。
宗祖と教え
親鸞聖人 (1173~1262)が宗祖。
9歳で出家後、比叡山で20年修行後、浄土宗の宗祖、法然の弟子となり、専修念仏の考えを継承発展させます。自分の意志によって極楽浄土へ往生しようとする自力念仏ではなく、阿弥陀如来を信じることによって自然に発する報恩感謝の他力念仏であると教えています。
仏壇の飾り方
浄土真宗は基本的にはお仏壇にお位牌や遺影を祀りません。
お位牌ではなく過去帳を祀るのが一般的です。ですがお客様の中には『お位牌はあった方がいい』という事で位牌を作られる方もいらっしゃるので家族で話し合い、その考え方を優先する形で良いでしょう。
また基本的に水はあげません。ご飯は盛槽と呼ばれる型に入れて抜き、円柱型してに御供えします。
本尊の飾る際の注意点
浄土真宗のご本尊は仏像ではなく「掛け軸(絵像)」でお飾りする場合が多いようです。お寺さんによりお飾りが異なるケースが多い宗派でもありますのでお寺さんに問い合わせてみると良いでしょう。

掛け軸(絵像)」は浄土真宗本願寺派(西本願寺)ととても似ているのですが後光の本数が異なります。下記のように見分けます。

  • 浄土真宗本願寺派(西本願寺)→後光の上部8本
  • 浄土真宗大谷派(東本願寺)→後光の上部は6本
浄土真宗の念珠の作法
二輪にして両手にかけ、房を左側に垂らします。そして親玉をそろえて親指ではさむようにします。(詳しくは 浄土真宗の念珠説明ページへ)
浄土真宗(女性用)の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

浄土真宗高田派jyodosinshu-takada

浄土真宗の10派ある内の1派で、浄土真宗の中では高田派は3番目の寺院数の多さになります。各地で浄土真宗の教えを広めていた親鸞聖人が、鎌倉時代(1225年)に現在の栃木県真岡市高田に専修寺を建立し、高田派が誕生しました。専修寺は親鸞聖人が自ら建てた日本でただ一つの寺院です。

浄土真宗高田派の本尊・脇仏

浄土真宗高田派 脇仏 九字十字名号 浄土真宗高田派 本尊 東弥陀 浄土真宗高田派 脇仏 親鸞聖人
九字十字名号 東弥陀 親鸞聖人
九字名号は「南無不可思議光如来」、十字名号は「帰命尽十方無碍光如来」と書かれており、いずれも阿弥陀仏に帰依しますという意味です。 阿弥陀如来も様々な阿弥陀如来の掛け軸がありますが浄土真宗東の東弥陀を用いる場合が多いです。お住まいの地域やお寺によって多少変わる場合があります。 鎌倉時代前半~中期の浄土真宗の開祖です。浄土宗の法然を師と仰いでいました。真宗高田派の親鸞聖人は浄土真宗本願寺派の斜めを向いている親鸞聖人とは異なり、高田派の親鸞聖人は正面を向いている掛け軸を飾ります。

浄土真宗高田派の概要

本山
専修寺(三重県津市一身田)、発祥の本寺は専修寺(栃木県真岡市高田)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
線香は1本を2つに折って、香炉に寝かせます。
宗祖と教え
親鸞聖人 (1173~1262)が宗祖。
9歳で出家後、比叡山で20年修行後、浄土宗の宗祖、法然の弟子となり、専修念仏の考えを継承発展させます。阿弥陀如来は、あらゆる者を浄土に救うという大きな誓いをたてました。そして、我らにはこの誓いを信じ、お念仏をすることが浄土に生まれる因(たね)になるという教えです。
高田派のお仏壇の飾り方
浄土真宗本願寺派・浄土真宗大谷派はお位牌を原則配置しないことを推奨しているのに比べて、浄土真宗高田派は、世間一般と同じくお位牌を配置して飾って良いとされています。
高田派の法名
浄土真宗の法名は釋から始まる3文字(女性は釋尼から始まる4文字)の法名からなるのが一般的ですが、真宗高田派では「釋+道号2字+法名2字+位号(例:釋正道常和信士)」と入り計7字が一般的です。浄土真宗の他派では女性には釋尼と付けるところもありますが、真宗高田派では特に男性と女性で区別する事はありません。

浄土真宗佛光寺派jyodosinshu-bukkouji

浄土真宗の10派ある内の1派で、浄土真宗の中では興正派4番目に次ぐ、佛光寺派は5番目の寺院数の多さになります。「仏光寺」と新字体で表記されることもあるが、正式表記は「佛光寺」です。佛光寺の最盛期は、当時の本願寺を大きく上回る寺勢を誇っていたと言われています。

浄土真宗佛光寺派の本尊・脇仏

浄土真宗佛光寺派 脇仏 十字名号 浄土真宗佛光寺派 本尊 阿弥陀如来 後光7本 浄土真宗佛光寺派 脇仏 九字名号
十字名号 阿弥陀如来(後光7本) 九字名号
十字名号は「帰命尽十方無碍光如来」と書かれています。意味は「滞る事なく十方を照らして、どんな隅々の者までもお救いくださる仏様に帰依します」という意味です。佛光寺派の場合は浄土真宗大谷派とは逆で左に十字名号を飾るので注意が必要です。 阿弥陀如来も様々な阿弥陀如来の掛け軸がありますが、絵像の後光は7本です。後光は阿弥陀如来の上部のオレンジの光の本数です。ルミエールの掛け軸では一部アイテムが対応可能です。 九字名号は「南無不可思議光如来」と書かれています。意味は「私たち人間では到底思い量る(思議)ことのできない大いなる仏様に帰依します」という意味です。佛光寺派の場合は浄土真宗大谷派とは逆で右に九字名号を飾るので注意が必要です。

浄土真宗佛光寺派の概要

本山
佛光寺(京都)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
線香は1本を2つに折って、香炉に寝かせます。
宗祖と教え
親鸞聖人 (1173~1262)が宗祖。
9歳で出家後、比叡山で20年修行後、浄土宗の宗祖、法然の弟子となり、専修念仏の考えを継承発展させます。阿弥陀如来は、あらゆる者を浄土に救うという大きな誓いをたてました。そして、我らにはこの誓いを信じ、お念仏をすることが浄土に生まれる因(たね)になるという教えです。

浄土真宗(その他の派)jyoudosinshu-hoka

浄土真宗は全国各地へ親鸞聖人の教えを伝えました。やがて戦国時代になると、信仰で組織化した農民が一揆をおこしたり、独立して分派したりしました。また現代は「真宗教団連合」というものがあり、浄土真宗の各派で連合組織として活動しています。浄土真宗は全部で10派あり、本願寺派・大谷派・高田派・佛光寺派以外の残りの6派をご紹介致します。

浄土真宗(その他の派)の本山、本尊・脇仏

下記は当店が各本山へ直接お電話し、調べ上げたものですが、本山以下の寺院(末寺)によっても考えが異なることがあります。

宗派名 本山 脇仏(左) 本尊 脇仏(右)
真宗興正派
(こうしょうじは)
興正寺(京都) 九字名号 西弥陀 十字名号
真宗木辺派
(きべは)
錦織寺(滋賀) 九字名号 阿弥陀如来
(正式には阿弥陀如来の後光の本数が上部7本のものを使用するようです。当店では一部掛軸のみ対応可能。)
十字名号
真宗出雲路派
(いずもじは)
毫摂寺(福井) 九字名号 西弥陀 十字名号
真宗誠照寺派
(じょうしょうじは)
誠照寺(福井) 九字名号 西弥陀 or 東弥陀
(どちらでも構わない)
十字名号
真宗三門徒派
(さんもんとは)
専照寺(福井) 九字名号 東弥陀 十字名号
真宗山元派
(やまもとは)
證誠寺(福井) 九字名号 西弥陀 十字名号

時宗jishu

時宗の大きな特徴に挙げられるのが「踊念仏(ねんぶつおどり)」という字のごとく"念仏を唱えながら踊る儀式"です。一遍上人も各地を巡って布教活動をした際に踊念仏をしながら布教されました。また踊念仏は、現代の盆踊りの元になったといわれています。夏になると全国で開催される盆踊りは、実は踊りながらご先祖様や亡くなった人を供養する儀式なのです。

時宗の本尊・脇仏

時宗 脇仏 真教上人 時宗 本尊 舟弥陀 時宗 脇仏 一遍上人
真教上人 舟弥陀 一遍上人
時宗の二祖です。一遍上人が41歳の時、九州を遊行していた一遍上人に出会い、一遍上人の教えに感銘をうけ、最初のお弟子となられました。 舟型の光背の前に立った姿の阿弥陀如来像です。阿弥陀如来は直ちに人を救おうとする姿勢のため少し前に傾いています。 時宗の開祖です。伊予(愛媛県松山)の名門武士であった河野家の次男として生まれました。信州で踊念仏を始め、南は九州から北は奥羽にいたるまでくまなく遊行し、浄土教を確立された名僧として法然上人・親鸞聖人と並び、称えられています。

時宗の概要

総本山
清浄光寺(神奈川県藤沢市)通称:遊行寺
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
浄土三部経(仏説無量寿経、仏説阿弥陀経、仏説観無量寿経)
線香の本数
線香は1~3本になります。
宗祖と教え
時宗は七百年もの昔、一遍上人が開かれた宗派で、浄土宗と同じく念仏宗(念仏を唱えることを重要とする宗派)です。一遍上人は浄土宗の一派・西山派の開祖である証空上人の孫弟子に当たられます。阿弥陀如来の救いを信じ、南無阿弥陀仏を唱えていると、人生を心豊かに生きぬき、死後浄土に生まれて仏さまになることができると教えています。
時宗の歴代上人は、阿弥陀如来の功徳について書かれた浄土三部経の功徳と、念仏の教えを広げる為に広く全国を巡られました(遊行という)。一遍上人ら時宗の僧達を「遊行上人」と、また総本山・清浄光寺を「遊行寺」と呼ぶのはここから来ています。

融通念仏宗yuzunenbutsu

融通念仏宗は平安末期に関西で誕生した宗派です。そのため関西では知っている人も多いですが、関東以北ではあまり知られていません。聖徳太子信仰の厚かった良忍上人が四天王寺に立ち寄った際、鳥羽上皇の勅願により大阪市平野区に根本道場として創建したのが融通念仏宗の始まりです。

融通念仏宗の本尊・脇仏

融通念仏宗 脇仏 法明上人 融通念仏宗 本尊 十一尊天得如来 融通念仏宗 脇仏 良忍上人
法明上人
(ほうみょうしょうにん)
十一尊天得如来
(じゅういっそんてんとくにょらい)
良忍上人
(りょうにんしょうにん)
良忍上人(平安時代後期)の死後は融通念仏宗が衰退し、大念仏寺や阿弥陀寺などの堂塔も壊廃していきました。法明上人(鎌倉時代後期)は衰退していく融通念仏宗を復興した中興の祖です。 阿弥陀及び観音・勢至を含む十一体の奏楽菩薩から構成される融通念仏宗特有の来迎図で融通念仏宗の本尊となります。十一尊天得如来の「掛け軸タイプの本尊」を飾り、仏像のみでは飾りません。 平安時代後期の天台宗の僧侶で、融通念仏宗の開祖です。良忍上人は日に6万編の念仏を唱え、写経に勤しみ、多くの仏像を作るなど、仏教に対して真摯に向き合っていたことが文献として残っています。良忍上人はやがて宮中に招かれるようになり、鳥羽上皇も帰信者とし、融通念仏の考えがさらに知られるようになりました。

融通念仏宗の概要

総本山
大念仏寺(大阪市平野区)
お唱えする言葉
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)
主な経典
華厳経、法華経
線香の本数
線香は1~3本になります。
宗祖と教え
毎日百遍の念仏を唱えること(日課念仏)が修行の根幹であり、来世ではなく現世で往来するという教えが基本です。物と物は全て相互に融通しあっているとされ、1人の念仏が全ての人の為になると同時に、全ての人の念仏は自分のためにもなっていると考えです。
お仏壇へのご本尊の飾り方
基本的には十一尊天得如来の掛け軸が推奨となります。十一尊天得如来が対応可能な掛け軸の種類は非常に少ないですが当店のラインナップではいくつかの「掛け軸」が対応できますのでお問い合わせ下さい。
またお飾りでさらに丁寧な飾り方は本尊(十一尊天得如来)+両脇仏の掛け軸を飾ります。さらに丁寧な飾り方の場合は十一尊天得如来の掛け軸の前に「阿弥陀如来」の仏像を飾ることもあるようです。

天台宗tendaishu

天台宗は、平安時代に伝教大師(最澄)が中国の唐で法華経にもとづく天台学を修得し、さらに密教や禅など幅広く教えを受けて、京都の比叡山にある延暦寺で開いた宗派です。天台宗の歴史は深く、日本仏教の礎として、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮などの名僧を輩出していく元となる宗派です。

天台宗の本尊・脇仏

天台宗 脇仏 伝教大師 天台宗 本尊 座弥陀 天台宗 脇仏 天台大師
伝教大師(最澄) 座弥陀
(座阿弥陀如来) etc
天台大師
平安時代の天台宗の開祖であり、社会の教科書にも登場するほどの日本の仏教に大きな功績を残した名僧です。天台大師の教えを学ぶため遣唐使船で唐に渡り、天台の教義とともに禅や密教の教えを受け、帰国後、比叡山延暦寺を建てて日本天台宗を開きます。 実は天台宗では、特定のご本尊が定まっていません。一般的には座っている「阿弥陀如来」を飾ることが多いです。天台宗では空間を超越した阿弥陀如来が、救いの声に応じて様々な仏様の姿になって現れるとするため、釈迦如来、薬師如来、観音菩薩etc、どのご本尊を飾る場合もあります。 天台宗の高祖です。中国の天台山で修行され、天台山で亡くなられたので、天台大師と言われていますが、本名は智顗(ちぎ)と言います。中国のお釈迦様ともいわれ、中国天台宗の開祖で、最澄はこの智顗の教えを日本に広めます。

天台宗の概要

総本山
比叡山延暦寺(滋賀県大津市)
お唱えする言葉
正式には南無宗祖根本伝教大師福聚金剛だが、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)が一般的。
主な経典
法華経、大日経、阿弥陀経 ほか
線香の本数
線香は3本ずつ供えます。
宗祖と教え
社会の教科書にも出てくる伝教大師「最澄」(767~822年)が宗祖。
開宗は延暦25年(806年)とされています。仏陀の教えの究極を説いたものとする 『妙法蓮華経(法華経)』を中心に、菩薩戒・顕教・密教・禅法などを融合した総合仏教で、すべての人、生物、存在には仏性があると教えています。
天台宗の念珠の作法
人差し指と中指の間にかけます。そのまま手を合わせます。房は下に垂らします。(詳しくは 天台宗の本式念珠説明ページへ)
天台宗の本式念珠の持ち方

真言宗(古義真言宗)singonshu

真言宗は、弘法大師(空海)を開祖とする宗派です。真言密教とも言い、密教の修行で誰でもがすぐに仏になることができる、「即身成仏」が教えの根幹です。また現在、真言宗の主要な派は16派で、18の総本山・大本山に分れています。これらの本山のことを「真言十八本山」と呼びます。真言宗の派の中でもさらに大きく別けると「古義真言宗」「新義真言宗」「真言律宗」の3つに分けられるのですが、真言宗の当初の教義(大日如来の本地法身説)を重んじているのが「古義真言宗」です。

真言宗(古義真言宗)の本尊・脇仏

古義真言宗 脇仏 不動明王 古義真言宗 本尊 大日如来 古義真言宗 脇仏 弘法大師
不動明王 大日如来 弘法大師(空海)
密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われています。怖い様相から「戦いの仏」と思われがちですが、迷いの世界から煩悩を断ち切るよう導いてくれる仏です。左手にもつ剣は大日如来の智慧の鋭さを表現し、右手の羂索は煩悩を縛り、悪の心を改心させる捕縛用の縄です。 大日如来は空海が日本に伝えた「密教」では最高の位にいる仏様とされ、大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、すべての仏様(釈迦如来や阿弥陀如来etc)は大日如来が姿を変えたものであるというのが真言宗の教えです。 真言宗の開祖で日本で最も有名なお坊さんといっても過言ではない平安時代の僧侶です。密教を学ぶために、唐(中国)へ遣唐使として留学しましたが、当時「無名僧侶であった空海」と「エリート僧侶であった最澄」と同じ船で唐に渡ったとされています。のちに最澄も空海に「密教」を教えてもらったとされています。

真言宗(古義真言宗)の各派の本山

各派 本山
東寺真言宗 教王護国寺(総本山)
高野山真言宗 金剛峯寺(総本山)
真言宗善通寺派
(ぜんつうじは)
善通寺(総本山)、随心院(大本山)
真言宗醍醐派
(だいごは)
醍醐寺(総本山)
真言宗御室派
(おむろは)
仁和寺(総本山)
真言宗大覚寺派
(だいかくじは)
大覚寺(大本山)
真言宗泉涌寺派
(せんにゅうじは)
泉涌寺(総本山)
真言宗山階派
(やましなは)
勧修寺(大本山)
信貴山真言宗
(しぎさん)
朝護孫子寺(総本山)
真言宗中山寺派 中山寺(大本山)
真言三宝宗
(さんぽうしゅう)
清澄寺(大本山)
真言宗須磨寺派
(すまでらは)
須磨寺(大本山)

真言宗(古義真言宗)の概要

お唱えする言葉
南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)がどの派でも読まれています。その他には豊山派は南無興教大師、南無専誉僧正。智山派は南無開山興教大師が読まれます。
主な経典
大日経、金剛頂経
線香の本数
線香は正式には3本ずつ供えます。また立て方にも決まりがあり香炉のなかで逆三角形に置くのがポイントです。折らずに1本を手前、残りの2本を仏壇側に供えます。
真言宗の宗祖と歴史
真言宗は、空海(弘法大師)によって9世紀(平安時代)初頭に開かれた宗派です。遣唐使の留学僧として空海が長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ中国密教を基盤です。帰国後、816年に奈良県にある高野山を賜り「金剛峯寺(こんごうぶじ)」を創設しました。
古義真言宗の教え
空海の亡き後、高野山の金剛峯寺と京都の東寺(教王護国寺)を中心に、真言宗はいくつかの門流に分れました。興教大師以前の高野山や東寺を中心とする流れの古義真言宗に対して、興教大師以降の根来山を中心とした流れを新義真言宗(しんぎしんごんしゅう)といいます。古義真言宗では本地身説法(真言宗最高仏である大日如来が自ら説法するとする説)を説くのに対して、新義真言宗では加持身説法(大日如来が説法のため加持身となって教えを説くとする説)を説いています。
※ちなみに宗派に詳しくない方は「真言宗」とだけ言われたら大体が古義真言宗を指す場合が多いです。
豆知識(本末転倒は真言宗から生まれた言葉)
歴史から見ると通常であれば「金剛峯寺」が総本山となるところですが、真言宗の総本山は京都の東寺の「教王護国寺」となっています。これは金剛峯寺と東寺を兼任していた平安時代中期の観賢という僧侶が「東寺を本寺、金剛峯寺を末寺」とする本末制度を導入しました。本来であれば最初の修行の場である金剛峯寺が本寺となるかと思いきや末寺となってしまいました。この「本」と「末」が入れ替わることが「本末転倒」の語源となっています。
真言宗の念珠の作法
珠数を両手の中指にかけ、そのまま手を合わせて合掌します。真言宗は念珠を擦り鳴らして音をたてます。珠数を擦ることは百八煩悩をすり砕き、百八菩提の正常な光明を磨きだすことだと、「金剛頂瑜伽念珠軽」に説かれています。(詳しくは 真言宗の念珠説明ページへ)
真言宗の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

真言宗(新義真言宗)singonshu

真言宗は、弘法大師(空海)を開祖とする宗派です。真言密教とも言い、密教の修行で誰でもがすぐに仏になることができる、「即身成仏」が教えの根幹です。また現在、真言宗の主要な派は16派で、18の総本山・大本山に分れています。これらの本山のことを「真言十八本山」と呼びます。真言宗の派の中でもさらに大きく別けると「古義真言宗」「新義真言宗」「真言律宗」の3つに分けられるのですが、「新義真言宗」の教えの特徴としては加持身説法(大日如来が説法のため加持身となって教えを説くとする説)の新しい教義を打ち立てたため「新義」と呼ばれました。

真言宗(新義真言宗)の本尊・脇仏

新義真言宗 脇仏 興教大師 新義真言宗 本尊 大日如来 新義真言宗 脇仏 弘法大師
興教大師(覚鑁) 大日如来 弘法大師(空海)
真言宗の中興の祖ともいわれる興教大師の覚鑁(かくばん)を脇仏に飾ります。(※寺院によって不動明王の場合あり)興教大師は平安末期の僧侶で、高野山の座主を務めていました。空海以来の秀才と言われるほどの僧侶でした。当時、荒廃していた高野山で争いが盛んになり、高野山を下りて根来寺を開山し、真言密教を復興させるために多くの真言僧侶の育成に尽くされました。 大日如来は空海が日本に伝えた「密教」では最高の位にいる仏様とされ、大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。すべての命あるものは大日如来から生まれたとされ、すべての仏様(釈迦如来や阿弥陀如来etc)は大日如来が姿を変えたものであるというのが真言宗の教えです。 真言宗の開祖で日本で最も有名なお坊さんといっても過言ではない平安時代の僧侶です。密教を学ぶために、唐(中国)へ遣唐使として留学しましたが、当時「無名僧侶であった空海」と「エリート僧侶であった最澄」と同じ船で唐に渡ったとされています。のちに最澄も空海に「密教」を教えてもらったとされています。

真言宗(新義真言宗)の各派の総本山

各派 本山
真言宗智山派 智積院(京都市東山)
真言宗豊山派 長谷寺(奈良県桜井市)
新義真言宗 根来寺(和歌山県岩出市)

真言宗(新義真言宗)の概要

お唱えする言葉
南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)がどの派でも読まれています。その他には豊山派は南無興教大師、南無専誉僧正。智山派は南無開山興教大師が読まれます。
主な経典
大日経、金剛頂経
線香の本数
線香は正式には3本ずつ供えます。また立て方にも決まりがあり香炉のなかで逆三角形に置くのがポイントです。折らずに1本を手前、残りの2本を仏壇側に供えます。
真言宗の宗祖と歴史
真言宗は、空海(弘法大師)によって9世紀(平安時代)初頭に開かれた宗派です。遣唐使の留学僧として空海が長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ中国密教を基盤です。帰国後、816年に奈良県にある高野山を賜り「金剛峯寺(こんごうぶじ)」を創設しました。
新義真言宗の教え
空海の亡き後、高野山の金剛峯寺と京都の東寺(教王護国寺)を中心に、真言宗はいくつかの門流に分れました。興教大師以前の高野山や東寺を中心とする流れの古義真言宗に対して、興教大師以降の根来山を中心とした流れを新義真言宗(しんぎしんごんしゅう)といいます。興教大師は平安末期の僧侶で、高野山の座主を務めていました。空海以来の秀才と言われるほどの僧侶でした。当時、荒廃していた高野山で争いが盛んになり、高野山を下りて根来寺を開山し、真言密教を復興させるために多くの真言僧侶の育成に尽くされました。古義真言宗では本地身説法(真言宗最高仏である大日如来が自ら説法するとする説)を説くのに対して、新義真言宗では加持身説法(大日如来が説法のため加持身となって教えを説くとする説)を説いています。
真言宗の念珠の作法
珠数を両手の中指にかけ、そのまま手を合わせて合掌します。真言宗は念珠を擦り鳴らして音をたてます。珠数を擦ることは百八煩悩をすり砕き、百八菩提の正常な光明を磨きだすことだと、「金剛頂瑜伽念珠軽」に説かれています。(詳しくは 真言宗の念珠説明ページへ)
真言宗の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

日蓮宗nichirenshu

日蓮宗とは、鎌倉時代の日蓮聖人によって開宗された法華経の教えを信仰する宗派です。日蓮聖人は、仏教の開祖のお釈迦様が説かれた多くの経典の中から、特に妙法蓮華経(法華経ともいう)を選び、根本的な聖典としています。住職の読経も「なむみょうほうれんげきょう」が読まれる宗派です。

日蓮宗の本尊・脇仏

日蓮宗 脇仏 大黒天 日蓮宗 本尊 曼荼羅 日蓮宗 脇仏 鬼子母神
大黒天 曼荼羅 鬼子母神
日蓮宗では法華経の守護神として祀られます。大黒天は、七福神としても広く親しまれています。建物の中心となる太い柱を大黒柱と呼びますが、これは大黒さまが天・地・人を守る事から屋台骨を支えるものをこのように呼ぶようです。ちなみに大黒天が俵に乗っているのは「毎日ご飯を供えてお参りすれば、一生、食べ物に不自由はさせない」という意味があるようです。 日蓮宗で使われる曼荼羅は日蓮聖人が仏様の悟りの世界を文字で表したものです。中央に南無妙法蓮華経が描かれ、その左右と四隅に仏菩薩、諸神を書き連ねた独特のものです。敬称として「大曼荼羅御本尊」と言い、中央の題目から長く延びた線を引く特徴から、髭曼荼羅とも呼ばれます。 鬼子母神は、法華経の守護神として祀られます。鬼子母神はもとは鬼女でしたが改心して、釈迦の教えを守ることを誓い、子育てや安産、子供を守護する善神となります。一般に天女の姿をしており、胸中に子を抱き、ザクロを持っています。ザクロは種が多いので安産の象徴と考えられます。

日蓮宗の概要

総本山
身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)
お唱えする言葉
南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)
主な経典
法華経(妙法蓮華経)
線香の本数
線香1本を折らずに香炉の真ん中にお供えします
宗祖と教え
日蓮聖人(1222~1282)が宗祖。
16歳で出家、比叡山をはじめ奈良や京都の諸寺で修行重ね、「法華経」こそが釈迦最高の教典との確信を得て、1253年清澄山頂に登って立教を宣言します。法華経は本仏の声そのものであり「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、善行を積めば何人も救われると説いています。釈尊と法華経と日蓮聖人とが、日蓮宗宗徒の帰依すべき仏・法・僧の三宝という教えです。
お仏壇へ本尊・脇仏の飾り方
正式には曼荼羅の掛け軸の前に日蓮聖人の仏像を飾ります。他の宗派とは異なり、あくまで曼荼羅を飾ることが重要とされ、仏像の日蓮上人だけを飾るということはほとんどありません。
日蓮宗のお仏壇へ本尊・脇仏の飾り方
日蓮宗の念珠の作法
唱題や回向のときは房が三つ付いている方を左手の中指にかけ、ひとひねりしてから他方を右手の中指にかけます。房を外に垂らし、そのまま手を合わせます。(詳しくは 日蓮宗の念珠説明ページへ)
日蓮宗の本式念珠の持ち方【お題目を唱えるとき】
  • 唱題とは…法華経の題目を唱えること。
  • 回向とは…読経・布施などをおこなって死者の冥福を祈ること。

臨済宗rinzaishu

臨済宗は曹洞宗や黄檗宗と並ぶ日本三禅宗の1つです。禅宗とは座禅を修行とする宗派です。実は「臨済宗」というの名の単一の教団は存在せず、臨済宗は14派の総称です。派の中でも圧倒的に多いのは「臨済宗妙心寺派」で日本にある臨済宗寺院約6,000寺のうち、約3,500寺が妙心寺派です。なので下記の説明は妙心寺派を中心に説明します。

臨済宗(妙心寺派の場合)の本尊・脇仏

臨済宗妙心寺派 脇仏 花園法皇 臨済宗妙心寺派 本尊 座釈迦 臨済宗妙心寺派 脇仏 無相大師
花園法皇 座釈迦 無相大師
花園天皇は鎌倉時代の天皇です。約10年間天皇の位に就かれた後、引退されて上皇となり、さらに出家して僧侶となりました。このような方を尊敬の念を込めて「法皇(ほうおう)」と呼ぶ慣わしがあり「花園法皇」と呼ばれます。京都市右京区には「花園」という地があり、法皇は、この花園の離宮を禅寺にされました。これが、臨済宗妙心寺派の大本山である妙心寺の始まりです。 仏教の開祖です。古代インドの小国、釈迦族の王子で妻や子供もいた実在の人物です。釈迦如来とはその釈迦が悟りを得た際の姿を表しています。地位、財産、家族など一切のものを捨てて出家し、悟りを開いた後の釈迦なので質素な一枚の衣だけを身にまとった姿です。 無相大師(関山慧玄)は、大燈国師のもとで修行され、慧玄という名をつけられました。「花園法皇」は京都の大徳寺を開かれた大燈国師が「わが国で最もすぐれた禅僧は関山慧玄」であると言い、妙心寺の開山(初代住職)をお願いし、開山となりました。

臨済宗各派の本山と本尊・脇仏

現在の臨済宗は14派にわかれ、各派ごとに本山があります。各派によって異なる脇仏(脇侍)と各本山をご紹介いたします。

宗派名 本山 脇仏(左) 本尊 脇仏(右)
臨済宗(各派で飾ることもある)   普賢菩薩 釈迦如来 文殊菩薩
妙心寺派 妙心寺(京都市) 花園法皇 釈迦如来 無相大師
建長寺派 建長寺(鎌倉市) 大覚禅師 釈迦如来 達磨大師
円覚寺派 円覚寺(鎌倉市) 佛光国師 釈迦如来 達磨大師
南禅寺派 南禅寺(京都市) 大明国師 釈迦如来 達磨大師
方広寺派 方広寺(静岡県浜松市北区) 聖鑑国師 釈迦如来 達磨大師
永源寺派 永源寺(滋賀県東近江市) 正燈国師 釈迦如来 達磨大師
佛通寺派 佛通寺(広島県三原市) 愚中禅師 釈迦如来 達磨大師
東福寺派 東福寺(京都市) 聖一国師 釈迦如来 達磨大師
相国寺派 相国寺(京都市) 普明国師 釈迦如来 達磨大師
建仁寺派 建仁寺(京都市) 栄西禅師 釈迦如来 達磨大師
天龍寺派 天龍寺(京都市) 夢窓国師 釈迦如来 達磨大師
向嶽寺派 向嶽寺(山梨県甲州市) 大円禅師 釈迦如来 達磨大師
大徳寺派 大徳寺(京都市) 大燈国師 釈迦如来 達磨大師
国泰寺派 国泰寺(富山県高岡市) 妙意禅師 釈迦如来 達磨大師

臨済宗の概要

お唱えする言葉
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
「南無」とは帰依すること、「釈迦牟尼仏」とは仏教の開祖である釈迦を仏として敬った呼称である。つまり、南無釈迦牟尼仏は「仏であるお釈迦様を信じてその力に従う、拠り所にする」という意味を表します。
主な経典
般若心経、大悲呪、観音経
線香の本数
線香1本を折らずに香炉の真ん中にお供えします
臨済宗の宗祖と教え
中国の臨済義玄(?-867年)が宗祖で、日本に広めたのは栄西(1141~1215年)です。生まれながらに誰もが備えている純粋な人間性を自ずと悟ることによって、人間の心の本性が仏と同一であることを悟るのが成仏という考え。禅宗なので、座禅を最も重視します。座禅とともに日常生活での作務(労働)を重んじています。
臨済宗の念珠の作法
持つときは二輪にして手にかけ握ります。房は下に垂らします。(詳しくは 臨済宗の念珠説明ページへ)
臨済宗(男女共通)の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

曹洞宗soutoushu

曹洞宗は臨済宗や黄檗宗と並ぶ日本三禅宗の1つです。禅宗とは座禅を修行とする宗派です。鎌倉時代に「道元禅師」が仏法を中国から日本に伝え、「瑩山禅師」が全国に広められ曹洞宗の礎を築かれました。このお二方を両祖とし、ご本尊であるお釈迦さまとともに一仏両祖として仰いでいるのが曹洞宗です。

曹洞宗の本尊・脇仏

曹洞宗 脇仏 常済大師(瑩山禅師) 臨済宗 本尊 座釈迦 曹洞宗 脇仏 承陽大師(道元禅師)
常済大師
(瑩山禅師〈けいざんぜんじ〉)
座釈迦 承陽大師
(道元禅師〈どうげんぜんじ〉)
道元禅師から4代目の瑩山禅師によって曹洞宗は日本中に広まっていきました。曹洞宗の隆盛は、瑩山禅師とその門下によるものであり、このため、第4代目でありながら、釈迦、道元と共に一仏両祖として尊崇されています。 仏教の開祖です。古代インドの小国、釈迦族の王子で妻や子供もいた実在の人物です。釈迦如来とはその釈迦が悟りを得た際の姿を表しています。地位、財産、家族など一切のものを捨てて出家し、悟りを開いた後の釈迦なので質素な一枚の衣だけを身にまとった姿です。 道元禅師は、鎌倉時代初期の禅僧で曹洞宗の開祖です。道元禅師は24歳で中国に渡り、天童如浄という中国の禅師のもとで修行し、28歳で帰国し、中国から仏法を日本に伝えました。

曹洞宗の概要

大本山
永平寺(福井県吉田郡)、總持寺(神奈川県横浜市)
お唱えする言葉
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
「南無」とは帰依すること、「釈迦牟尼仏」とは仏教の開祖である釈迦を仏として敬った呼称である。つまり、南無釈迦牟尼仏は「仏であるお釈迦様を信じてその力に従う、拠り所にする」という意味を表します。
主な経典
般若心経、観音経、法華経、修証義、正法眼蔵
線香の本数
線香1本を折らずに香炉の真ん中にお供えします
宗祖と教え
道元(どうげん)は、鎌倉時代初期の禅僧で日本における曹洞宗の開祖です。道元は鎌倉時代、宋に渡って曹洞禅を学んで帰国。宇治に興聖寺、後に越前に永平寺を建立し、「正伝の仏法」の提唱と弟子の養成に努めます。
道元から4代目の瑩山(けいざん)は多くの弟子を育て大衆教化に努めたため、太祖と仰がれています。曹洞宗の隆盛は、瑩山禅師とその門下によるものであったと言われています。 曹洞宗の教えは徒に見性を追い求めず、坐禅している姿そのものが仏であり、修行の中に悟りがあるという修証一等(しゅしょういっとう)、只管打坐(ただひたすら座禅すること)の考え方・修行を根源の教えとしています。
曹洞宗の念珠の作法
二輪にして左手の親指と人差し指の間にかけて合掌します。房は下に垂らします。(詳しくは 曹洞宗の念珠説明ページへ)
曹洞宗(男女共通)の本式念珠の持ち方【合掌するとき】

黄檗宗oubaku

黄檗宗は臨済宗や曹洞宗と並ぶ日本三禅宗の1つです。禅宗とは座禅を修行とする宗派です。江戸時代に開かれた宗派です。仏教だけでなく文化や食べ物など広く日本に伝えられたきっかけとなる宗派でもあります。

黄檗宗の本尊・脇仏

黄檗宗 脇仏 隠元禅師 黄檗宗 本尊 釈迦 黄檗宗 脇仏 達磨大師
陰元禅師(インゲン) 座釈迦 達磨大師(ダルマ)
黄檗宗を開かれた中国人僧侶です。あの隠元豆は隠元禅師が日本に普及させたものです。仏教のみならず、スイカ・レンコン・タケノコ・文化・芸術・建築・医療など、その他のことも幅広く日本に普及させた人物です。 仏教の開祖です。古代インドの小国、釈迦族の王子で妻や子供もいた実在の人物です。釈迦如来とはその釈迦が悟りを得た際の姿を表しています。地位、財産、家族など一切のものを捨てて出家し、悟りを開いた後の釈迦なので質素な一枚の衣だけを身にまとった姿です。 達磨大師は、インド人ですが、100歳を越えて中国へ渡り、禅宗を中国に伝えた祖師です。ちなみに縁起物の赤く丸いダルマさんのモデルは達磨大師です。座禅で足が腐ってしまったという伝説からあの丸い形が生まれました。

黄檗宗の概要

大本山
萬福寺(京都府宇治市)
お唱えする言葉
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
「南無」とは帰依すること、「釈迦牟尼仏」とは仏教の開祖である釈迦を仏として敬った呼称である。つまり、南無釈迦牟尼仏は「仏であるお釈迦様を信じてその力に従う、拠り所にする」という意味を表します。
主な経典
「般若心経」「観音経」
※黄檗宗は他の宗派とは違う発音で経典を読みます。
線香の本数
線香1本を折らずに香炉の真ん中にお供えします
宗祖と教え
黄檗宗には、私たち人間は悟りを得るための種を持って生まれてくるという「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の教えがあります。 仏様が住むといわれる浄土を遠くの地に求めるのではなくて、自分と向き合うことで心の中にある浄土にたどり着けるといった考えが黄檗宗の教えです。